写真/竹内康訓
くじゅう山群の東端に深い自然林をまとった山がある。遠望すると黒く見え、その名も黒岳。複式火山で、頂上部に「みいくぼ」と呼ばれる直径1キロほどの爆裂火口跡がある。火口壁には五つのピーク(岩峰)。西側の高塚(1587メートル)が最高点。東寄りの巨岩の積み重なる峰が天狗、ほかに荒神森や一段低く前岳などもある。
くじゅう山群は総体的に草付きの山が多く明るいが、この山は全山が樹林に覆われて暗い。できた地質時代もほかの山に比べ新しい。この新しさのため山体内部には空洞が目立つと言われ、冷たい風の吹き出す風穴が見られたりする。
さらに樹林と空洞の存在は、麓に清冽な泉を湧かせる。湧水で有名なのは男池。「日本の名水百選」に選ばれ、訪れる人が多い。さらに風穴へと登山道を伝うと、ひっそりと隠し水も湧いている。さらに東の麓には炭酸ガスなどを含む白水の鉱泉もある。
自然林にはブナ、ミズナラ、カエデなどの巨木が多く、森に入れば頭上を覆い隠す。昔は猟師が入る程度で、その猟師さえ迷うことが多かったと伝える。ある猟師が道を失い、山中で囲碁に興じていた仙人に教わって里に下ったところ、山の一日が里では1年たっていたという、日本版リップ・バン・ウィンクル伝説があるほか、鬼馬、巨猿など怪奇な伝説が多い。
そのため神秘の山として恐れられた時代が長く、江戸期の『豊後国志』は「神山」として登ることは困難と述べ、岡藩三代藩主の中川久清が頂に至る者を募って登らせたが、一人として登れなかったと紹介する。
近年、登山ルートはかなり整備され、神怪に遭うこともなくなった。新緑の季節には、深い森のなかではあでやかなシャクナゲの花に出合う。