写真/竹内康訓
春の潮が寄せる別府湾に面し、陽光をいっぱいに浴びる南下がりの斜面。その高台に菜の花の黄色いラインが引かれているなか、ひときわ明るく高い桜色のふくらみがある。「魚見桜」は見事に花を開いた。
ところは日出町の豊岡。「ザビエルの歩いた道」で紹介した鹿鳴越連山の麓は緩やかな傾斜を広げている。水に恵まれ、日当たりが良いという環境から近年は住宅地として発展しており、辻間団地などが生まれている。そのかつての辻間村の中心部となるあたりに桜がある。
樹齢400年を超えるヤマザクラで、ソメイヨシノより10日から2週間ぐらい開花が早い。梅と桜の間にあって、別府湾岸に本格的な春の到来を約束する。海の漁師たちは、この桜の開花によって漁期を知り、咲き具合で網を入れる時期をはかったという。これから魚見桜の名前が出た。
「庄屋の桜」とも呼ぶ。江戸時代に辻間村の大庄屋を務めた城内氏の末裔の屋敷にあるからだ。2007年に出された本『日出町探訪』は次のように紹介する。「その昔、辻間氏より養子になった大神親照が謀反の疑いで主従ともども大友義鑑に殺された際、辻間氏が大神の親照の墓地にあった山桜を弔いのため現在地に植えたと伝えられる」と。
幾百の春を重ねた桜は、今や樹勢が衰えつつある。県内の杉林をなぎ倒した台風19号(1991年)にも痛めつけられ、一部は枯死状態になった。このため分枝された2代目が育てられ、けなげに花を付けていた。東側近くには天平年間の創建と伝える八津島神社があり、県指定無形民俗文化財の津島神楽や辻間楽を伝える。