写真/石松健男
寒が締まり、大気がピンとはりつめてくると、別府の温泉の湯煙はいっそう高く大きく立ち上る。別府八湯の噴気にはいろいろと特色もあろうが、なかでも鉄輪温泉の湯煙は数も多く豪勢だ。まさに生きて動く看板で、2012(平成24)年、風景の文化財として国の重要文化的景観に選定された。
加えて、鉄輪には熱湯や熱泥のたぎる地獄があって、たくさんの観光客を集め、湯宿では噴気によって煮炊きが行われ、街路の側溝には湯水が流れる。いかにも別府ならではの情景である。
日本温泉協会の統計資料(2014年)によると、別府八湯の源泉総数は2217ヵ所、総湧出量は1分間に83058リットル。文句なしの日本一であり、世界的にも泉都の名に恥じない。そして何と、湯煙の数は400を超している。
湯煙の多さは湧出量とともに、泉源の温度が高いため発生しやすい条件が整っているからだというが、湯を汲み上げるだけの温泉ではなく、自噴泉が478ととりわけ多いことにもよろう。
この自噴泉の多さは別府八湯の開発史にも深く関係する。別府大学の段上達雄氏によると「上総掘りという自噴式井戸掘り技術がなくてはありえなかった」と言う。この技術が別府に導入され「湯突き」として発達した。
湯突きは明治の中ごろに完成した技術で、別府では明治後期に全盛期を迎える。その後、動力によるボーリング技術に取って代わられるが、現在の泉源のほぼ半数は湯突きによると思われる。
さらに、別府の湯煙景観は地形的なものによって立体的に演出されている。鶴見岳連嶺の麓から海岸にかけてのなだらかなスロープは、市街地と湯煙を一体として眺め渡すのに最適である。
この扇状地を生んだのは火山の鶴見岳。山の神は火男火売男女二柱とされている。湯煙のみならず、別府八湯の生みの親にほかならない。