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臼杵石仏

写真/石松健男

芸術作品ずらり

 「磨崖仏日本一」の大分県の中でも、代表的なものが国宝・臼杵石仏である。歴史的な価値はもとより、芸術作品と見ても優秀な遺産。
 ただ、一口に「臼杵石仏」と言っても、そこには74余体の仏があるとされ、ホキから堂ケ迫、山王山、古園、満月寺、さらに少し離れて門前の仏群に分けられる。
 その多くは顔や腕などどこかが欠け落ち、満足な姿をとどめるものは少ない。かつては「滅び行くものの美」とも言われて野ざらしにされていたが、今は修復も進み、覆い屋に守られる。
 そのなかで美術的な優秀作をあえて挙げれば、ホキの阿弥陀三尊と古園の大日如来だろう。阿弥陀三尊は丸彫りに近く、木彫にも似た鋭い鑿跡さえ感じられよう。
 古園は十三仏で、ずらりと並ぶ仏たちには思わず息をのむ。中心は金剛界の大日如来。ふくよかで威厳に満ちた尊顔は臼杵の顔。少し前まで頭部が落ちていたが、復元されて国宝に指定された。「首がつながった」ということで、リストラよけの祈願に訪れる人が多くなったとか。当世ならではのご利益か。
 そのほか、山王山「かくれ地蔵」の童顔の愛くるしさ、堂ケ迫諸仏の端正さなど、見る人によって好みは異なろうが、おしなべて、時の流れの重さが感じられよう。
 では、作者はだれなのか。満月寺に真名野長者(炭焼小五郎)夫妻や蓮城法師とされる石像もある。伝説では中国からの渡来僧・蓮城に祇園精舎の話を聞いた長者が寺と石仏の造立を発願したとか。
 伝説はともかく、造立をめぐる謎は多いし仏師の名も分からないが、時代的に見て、この一帯を支配した古代の豊後武士団・大神一族の雄、臼杵氏がかかわったことは間違いなさそう。それにしても、石にまで仏の姿を彫って祈りをささげねばならなかった古人の苦悩というか、心をしのばせてくれる仏たちである。

古園石仏群(写真上)、ホキ阿弥陀三尊像(写真下)。