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薦神社と御澄池

写真/宮地泰彦

穀倉地帯の原点

 中津市の中心街から東南へ5キロ弱、緑と水に囲まれ、桜の名所でもある大貞公園がある。一帯は神苑。その核となるのが御澄池で、池中に鳥居が立ち、それを内宮として薦神社・大貞八幡社が華麗な姿を見せる。

 池は人工のため池で、堤防から見ると水面が三つの角を持つような姿をしていることから三角池と呼ばれ、それに佳字を充てて御澄となったと言われる。別名は薦池。宇佐の神は池に生える薦を枕にしてやすまれるとされ、薦刈りの神事が行われた。つまり、神の宿る神聖な池であり、宇佐神宮の元宮の一つ。

 これを神体として建てられたのが薦神社であり、建物はいわば拝殿。現在の神殿は中津藩主だった細川忠興によって17世紀初めに再建され、楼門(国指定重要文化財)もまた藩主・小笠原長次の再建という壮麗なもので、朱色が池の水と周囲の緑によく映える。

 宇佐の神を奉じた人たちは古代日本の産業、文化を担った渡来系の一族で、北九州から中津、宇佐地方に移動してきたと思われる。彼らは朝鮮半島から当時の最先端技術を持ち込んだ、今でいうハイテク集団だった。

 そのテクノロジーには金属の精錬、加工のほかに土木技術もあった。それを生かして建設したのが御澄池であり、それを核にして周辺に大池をはじめ大小数多くのため池を造った。

 それを受けて、以後、近代にかけて多くの先人たちが山国・駅館両川はじめ、たくさんの川から水を引き、中津から宇佐にかけての平野に池と井路による水利網を広げ、現在の穀倉地帯を造り上げた。

 御澄池は神体であるとともに、かんがいの原点であり、大分県だけでなく、北部九州から四国、中国地方の瀬戸内海沿岸、さらに河内や大和平野に濃密に分布する、ため池群の根源の池であると考えてよいだろう。

 

古代の最先端技術を生かして 造られた御澄池。