• 別府・由布市
  • 景観

由布院盆地と朝霧

写真/竹内康訓

山里覆う白い湖

 冷気とともに朝霧の季節がやってくる。放射冷却による霧は金鱗湖を中心にわき上がり、みるみる盆地を満たし、人々が目を覚ますころには辺りはまさに霧の湖底。大分県には盆地が多く、各地で朝霧が発生する。日田、安心院など。中でも由布院(由布市湯布院町)の濃い霧は名物で、その光景は幻想的でさえある。
 霧の中を歩いていると、津村信夫の詩『鄙の歌』を思い出す。その一節「霧のなかで娘が水を汲んでゐた いづこの農家の庭にも咲く紅い叢花 娘が花を摘んでゐた 身も心も淡く濡れそぼって」。津村が療養のため由布院で1ヵ月を過ごしたのは1928(昭和3)年だったという。濡れそぼっていたのは詩人自身だったかもしれない。それからおよそ80年、今、由布院は…。霧の中であることに変わりはない。
 さらにはるかなる昔、盆地は本当の湖だったと語られる。由布岳の女神・宇奈岐日女が湖を見下ろしながら考えた。「この水を干し上げたら、湖底の肥沃な土地が人々のものになるだろう」と。早速、配下の大男に命じて、取り巻く山の一角をけ破らせた。水はとうとうと流れ出して大分川となり、湖の主・龍神のための金鱗湖だけが残った。
 ウナギはウナグとも読む。首にものを掛けることという。ネックレスのようなものを掛けた女神。想像できないだろうか。勾玉や鏡を首につるした卑弥呼の姿を。宇奈岐日女は古代由布国の長だったのか。今、女神は神社の名として盆地に鎮座、大男は蹴裂権現として破ったところの山上に祭られる。
 霧は濃い。秋深まる朝、旅人は大分自動車道、九州横断道路から霧の湖を見下ろす。そして霧の底には、里人とともに多くの観光客がいることを…。信夫はさらに「私の思ひは湯の滝山の朝の霧より深い」と詠む。

朝霧の由布岳。