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沈堕の滝

写真/竹内康訓

雪舟絵画の雄瀑

 豊後大野市の大野町と清川町の境、大野川の本流にかかるのが沈堕の滝である。上流およそ400メートルの地点で本流に緒方川が合流し水量は多い。高さ約20メートル、幅約110メートル。阿蘇溶結凝灰岩の断崖から落ちる滝は、古くから西日本の雄瀑として知られ、多くの詩歌に詠まれた。
 江戸期の『豊後国志』は「大野、緒方の二川、諸渓水を導き、ここに至り相合して一になり懸崖より下る。激水急湍、十三条。遠くから見れば氷柱の列、近づけば白い竜が雨を駆るようで、百雷が怒叫、飛雪が虹を吐く」などと形容した。 絵画では、雪舟の「鎮田滝図」がある。滝を広く紹介した最初の歴史上の作品。原画は惜しくも関東大震災で焼失したが、狩野派の絵師による模写が残されているのは幸い。
 『豊後国志』に「渕の深さは測るべからず」とあるように、渦巻く滝つぼに落ち込んだら大変。このため、岡藩では刑罰を科すべきかどうかお白州で判断できかねるような場合、被告人を「沈堕落とし」とし、無事に泳ぎ抜けたら神慮として無罪放免にしたとの話も伝わるが、助かったのは一人だけだったとか。
 その滝も、一時はほぼ水を失った時期がある。大正の終わりごろ、新・発電所への取水のため電力会社が滝の上にダムを造ったためだ。しかし、いろいろな配慮で滝水は復活し、下流に架かる地方道の橋のたもとに展望所も造られて、車を止める人は多い。滝に近く公園も造られた。
 その公園駐車場の下に石造の旧・沈堕発電所の遺構がある。大分別府間を走る電車のため1909(明治42)年に鉄道会社が建設したもので、今は廃虚として九州の近代化遺産となっている。 また、それに近い矢田川の合流点にも小さいながら滝がかかっており、これを雄に対し雌沈堕の滝と呼んでいる。

雪舟の絵画によって広く知らされ、江戸期の『豊後国志』にも登場する沈堕の滝の雄滝(写真上)と雌滝(写真下)。多くの詩歌にも詠まれている。