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水ノ子島灯台

写真/竹内康訓

沖行く船の守り神

 それはまさに「水の子」である。造化の大きな力が海の底から取り上げた、豊後水道の申し子である。佐伯港から28キロ、四国の御五神島から15キロ。水道の真っただ中に浮かぶ。

 九州本島の最も東の端とされる鶴御崎よりさらに北東、東経132度10分47秒。鶴御崎より6分近く東。島の周囲は320メートルほどしかなく、高さはわずか20メートル。この小さな水ノ子島に、島の標高の二倍にあたるおよそ40メートルの灯台が立つ。白地に黒の帯が二条。石造灯台の高さとしては出雲日御碕灯台(島根県)に次いで日本で二番目。

 島は水道の中央部に位置するため航海の目印ではあったが、それは同時に海上の難所でもあり、座礁する船も多かったという。そこに灯台が建設され、一転して沖行く船の守り神となった。着工は1900(明治33)年。孤島のうえ荒波が襲い、工事は難航。建設費は17万円を上回ったというから、現在に換算しておよそ50億円。4年の期間を要して1904(明治37)年3月20日に初点灯を迎えた。

 当時としては東洋一とされる光度を持っていたが、太平洋戦争末期に米軍機に攻撃されレンズが破壊された。戦後に復旧工事が行われ、現在の大型フレネルレンズに替わる。実効光度120万カンデラ。光は20カイリ、約37キロまで達する。平成に入って2002(平成14)年に波の力と太陽光によるハイブリッド電源システムとなった。

 かつては灯台守(吏員)が交代で常駐し、映画「喜びも悲しみも幾歳月」でも知られたが、1986(昭和61)年から自動化され今は無人。往年の灯台守の宿舎であり、休息所だった退息所は現在、鶴御崎の海辺で海事資料館(国登録有形文化財)となり、渡り鳥館もあって見学者が多い。「日本の灯台50選」の一つである。

豊後水道の真っただ中に浮かぶ水ノ子島。洋上約60メートルの灯台からは、約37キロ先までも光が届く。