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戸次本町の帆足本家と町並み

写真/宮地泰彦

繁栄の面影今も

 大分市街地から国道10号を南下し、大野川を渡ると戸次地区。大野川が運んできた土砂による河岸平地で、地味は豊かで土は深く、野菜類の生産に適し「戸次ゴボウ」は有名である。

 この豊かさから、古くは大分市の南部 地域に広がっていた戸次荘の中核となり、さらに日向街道や大野川水運の交通の要衝にあることから、江戸時代には市場が成立、戸次市村を経て、城下町に対置される在郷の町として栄えたのが戸次本町である。その在町としての面影は、今も町並みによく残る。

 日向道を踏襲する国道10号の広い道から本町へ一歩入ると、そこに広がるのは昔をしのばせる家々の造り。伝統的な建物がこれほどよく残るのは奇跡とまで言われるが、それも町中を通っていた道が町並みを避けてバイパスとして整備されたから。

 その町並みの中心となるのが帆足本家である。大友氏の家臣に始まり、臼杵藩治下の大庄屋として町を取り仕切り、後 には酒造業にも乗り出して財を築いた。その本家本館の富春館は、国登録有形文化財。酒蔵は今では市に寄贈され、市では本町一帯で修景事業を実施している。

 また住民たちを主体に街づくり推進協議会も組織され、共に道路、公園、街灯、標識などを歴史的景観に合うように整備するなどさまざまな事業を展開、建物だけでも40棟余りが建て替えられた。

 帆足家はまた、豊後南画の田能村竹田やその友人、頼山陽とも親交があり、さらに竹田を師とする帆足杏雨をも輩出した。山陽は「杏雨の画は富貴。竹田翁の正脈を伝うる者」と評している。2010(平成22)年は杏雨の生誕200年でもあった。

 付近はまた、中世に大友に力を貸した四国勢と島津軍が激突した戸次河原の戦いの跡でもあり、現在では大野川合戦まつりのイベントも催されている。

戸次本町の町並みの中心となる帆足本家。臼杵藩治下の大庄屋として町を取り仕切り、後には酒造業にも乗り出して財を築いた。