写真/石松健男
大分県内の農村部、とりわけかつての村の中心となった古い家並みを歩いていると、あちこちの白壁にパステルカラーというか、淡い色合いの絵が描かれているのを見かける。漆喰を鏝で整えた浮き彫りのようなもので、戸袋や妻壁など屋外に面している。これが鏝絵。
鏝絵は全国各地にあるが、特に大分県に多いとされている。中津市の耶馬渓町、杵築市の山香町、さらに日出町など全県で約700件、なかでも宇佐市安心院町がひときわ多く、50ヵ所は、見学ができる。
絵柄はさまざま。家紋をはじめ、恵比寿、大黒、布袋から浦島太郎、鯉の滝登りから猿の三番叟、鶴亀、竜虎、唐獅子、さらには初夢の一富士・二鷹・三茄子、あるいは松竹梅など、当然ながらめでたいものばかり。幸せを呼び込み、邪悪なものの進入は防ぐ。つまり福は内、鬼は外の意図。
ほとんどが明治期の作品で、大正期のものも幾つか。なかには平成の作品もあり、ワインとスッポンの安心院名物も登場した。作者の名前も10人以上分かっている。
1996(平成8)年には「大分の鏝絵習俗」として国の無形民俗文化財に選ばれた。
なぜ、こうまで鏝絵が多いのだろうか。素晴らしい腕を持った左官さんがいたことはもちろんだが、もともと安心院は養蚕などが盛んで、農村経済が潤っていたため、白壁の家や土蔵を建てる家が多かったからという。
鏝絵は美術作品とは言えないかもしれない。しかし技法はすごい。形を作ったうえで絵の具を塗れば簡単にできようが、最初から漆喰に鉱物性の絵の具を練りこんでいる。だから屋外で風雨にさらされても色は消えない。そこに職人の心意気を感じる。それを後世にどう伝えていくか。課題もまた多い。