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万寿寺

写真/宮地泰彦

全国屈指の名刹

 山門を一歩入ると、静けさかが身を包んでくる。大分市中心街の一角、金池町にもこのような静ひつがあろうとは。ここは蒋山万寿寺。臨済禅の全国屈指の名刹。堂宇に近づくと、凛とした気配が漂い、日に夜に、多くの僧が修行している。

 豊前・豊後の名僧の列伝を集めた江戸時代の『豊鐘善鳴録』によると、大友氏5代の貞親が時の執権・北条貞時から「伽藍を建て、僧を招いて治世の助けにせよ」と言われて、1306(徳治元)年、元町付近の広大な土地に大伽藍を建設したのに始まる。跡地は現在、大友氏遺跡体験学習館の一帯で、県教委の発掘調査で確認されている。

 一説には、貞親の建立は再建とも言う。上野・元町辺りは百合若大臣伝説の故地とされ、大臣の妻の身代わりとなって入水した侍女・万寿の霊を弔うため建てられていたのが荒廃していたためとも。入水した蒋池とされる小さな池が近くにある。

 開山は直翁智侃。足利の血を引き、鎌倉・建長寺を開いた中国の僧・蘭渓道隆に師事し、博多(福岡市)の承天寺にいた名僧である。彼には多くの弟子がおり、没後もたくさんの名僧が万寿寺を訪れる。大友氏という強力な後ろ盾もあり、以後、豊後万寿寺として日本を代表する禅刹の一つとなる。

 鎌倉末期に成立した「天下十刹」の一つであり、その下の諸山には県内だけでも大智寺(大分)、海蔵寺(臼杵)、岳林寺(日田)、実際寺(国東)、宝陀寺(杵築)などなど、多くの著名な寺院が名前を連ねていた。

 その万寿寺も度々の火災に遭い、1586(天正14)年の豊薩合戦では島津氏によって灰じんとなった。再興は府内藩主・竹中重義により1633(寛永10)年、丹山和尚を招いての現在地への移転である。以来、名僧と法灯は現在も続いている。

大分市中心街の一角にある万寿寺。度々の火災に遭い、1633(寛永10)年、現在地に再興した。多くの僧が修行をしている。