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奥豊後大野川流域28カ所 古寺磨崖仏不動尊霊場

写真/竹内康訓

目立つ厚肉彫り

 「豊後仏国」という言葉がある。「ぶ」の音を並べて口になじみやすい。豊後の国は仏様の多い土地だ、仏教の広がっているところだなどと解釈できよう。
 仏の国、仏の里といえば大分県では国東半島の「六郷満山」をすぐに思い起こすが、実はそれと肩を並べる仏教文化圏が大野川流域の豊後大野市、竹田市にある。それが今日、奥豊後大野川流域28カ所古寺磨崖仏不動尊霊場として集約されている。
 28という数は、国東と同様に、法華経二十八品に由来するのだろう。列挙する紙数はないが、例えば寺院では竹田の観音寺、朝地の神角寺、大野の常忠寺、三重の正福寺(牟礼岳観音)や吉祥寺、蓮城寺(内山観音)など真言宗・天台宗の密教系寺院16、磨崖仏では三重の菅尾、緒方の宮迫、朝地の普光寺、千歳の大迫、あるいは犬飼など12ヵ所が顔をそろえている。
 六郷満山の成立には宇佐神宮が深くかかわるが、大野川流域でもまた、宇佐宮に縁があると思われる豊後大神氏の影響があろう。霊場の歴史は古く、平安から鎌倉時代にさかのぼる寺や石仏もある。
 国東にも磨崖仏は多いが、奥豊後の特質はJRの各駅停車で見物できるとまで例えられる磨崖仏の多さにあろう。彫り方も国東の場合は浮き彫りなのに、こちらは厚肉彫りが目立っている。菅尾磨崖仏などはその典型であり、奥豊後は国宝・臼杵磨崖仏と共通の文化圏と考えてもよい。
 石にまで仏の姿を表さねばならなかった先人の信仰の厚さ、あるいは苦悩の深さが仏像を守り、幾多の戦乱を乗り越え、盛衰を重ねた寺院の努力が見える。寺や地域の人たちにより、28ヵ所霊場を結んでのルートづくり、あるいは地図、パンフレットなども作られている。

普光寺磨崖仏(写真上)、国史跡・重要文化財の菅尾磨崖仏(写真下)。手前から千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音、多聞天。